2017年10月1日日曜日

9.30 忘れ得ぬ男の話。

動物が好きなので,動物園が好きだ。

前回は自分の誕生日に行ったので,真冬だった。

しかも閉園時間ギリギリに行ったので,大体の動物が,寒さと疲労で覇気がなく,人間の方も同じくで,トラがひたすら壁沿いをうろうろ往復し,カワウソ三姉妹だけが,寒さに震える人間どもを嘲笑うかのように,スケルトンの水中トンネルを,愛嬌たっぷり勢いよく泳ぎまくっていた。

言うまでもないが,真冬の動物園はあまりおすすめしない。

今日は幸いにも秋晴れ,暑くもなく寒くもなく,絶好の散歩日和と相成った。

もちこんだタイ料理を,もっさりと繁りに繁った蓮の葉を眺めながらビールで流し込み,ゆっくりとカバやキリンなどを眺めた。

しかしトラは相変わらず,前回と同じ壁沿いを狂ったようにひたすらうろうろ往復しており,彼の精神状態にいささか不安を覚えた。

カワウソ三姉妹も,相変わらずの営業部長ぶりを発揮。
「カワイイ~」という黄色い歓声に動じないどころか,ギャラリーが増えると燃えてくるようで,ますます「カワイイ~」仕草を繰り出す。
この姉妹,相当あざとい。でもカワイイ。すごくカワイイ。なんか悔しい。

ところで,上野動物園でわたしが一番好きだった動物は,アメリカンバイソンだった。

支えるのも難儀そうな大きな体は,黒い岩,いや岩壁のようで,じっと静かに身動ぎもせず佇む姿は,悟りをひらいた賢者のようだった。

何を考えているのだろう。
独りぼっちで,身動ぎもせず。

彼のことをいくら見つめても,想像すらできなかった。
異質な,そこだけ時間が止まったかのような空気が,彼の回りには流れていた。

だけど彼は,わたしが少し長く動物園に行かない間に死んでしまった。

彼を超える男はまだ現れていない。
彼亡き今,わたしの中の上野動物園は,彼のことを偲ぶ場所だ。

誰よりも強く,しかしその強さを一度として行使することなく,プレリードッグたちと共に暮らし,静かに消えていった大きな大きな黒い塊。

上野動物園にはたくさんの動物がいるのに,なぜこんなに彼のことが気にかかるのだろう。彼がいなくなった今でも。

彼を思うと,少し涙が出る。おかしな話だ。

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